雨と夜ふかし
カーテンの奥から染み出した夜が
部屋の中に漂っている
グラスに落ちてきたそれを一息に飲み干せば
身体が夜に馴染んでいく
水の底を泳ぐように息を止めて
毎日を進んできた
少しのお別れをする様に大きく息継ぎをして
週末が始まっていく
大人たちは夜に紛れて
やるせない日々を塗り潰す
うまく行かない日常を
それでも愛しく思うために
真夜中の手前で降り出した雨が
街を洗い流していく
夜はどんどん深さを増して
私の中に潜っていく
雨音は夜に紛れて
静かに私を包んでくれる
不意に溢れた涙の跡も
見えないように隠しておくれ
儘ならぬ日々の隙間で
満たされない想いを抱えた
その全てが溶け出すように
ゆっくりと夜が更けていく
憂き世
溢れた水は戻らなくて
どうしようもないことばかりだね
仕方がないと言い聞かせて
流され流され生きている
転ばぬように気にしすぎて
姿勢もだんだん悪くなった
丸まった背中の後ろから
ビル風が強く肩を叩く
忘れたい思い出ばかり
大体ちゃんと覚えていて
忘れたくないことは
記憶の底に沈んでいく
終わりの来ない追いかけっこ
急き立てられて時は過ぎる
暮れない昼はないけれど
明けない夜もないでしょう
川の流れに浮かぶ葉は
くるくる廻り流されていく
いつかは海に着くだろうか
それとも沈むだろうか
辿り着く場所も見えずに
大事なものさえわからない
それでも歩みは止めぬまま
憂き世の波を渡ってゆけ
旅鴉
外はまだまだ凍てついていて
吐息は白く蒸気を上げた
春はまだかと問いかけるのは
県道沿いの桜の並木
3番ホームの特急列車
飛び乗って街を出て行こう
北風にも少し飽きてしまって
流れる雲を追いかけに
流れ流れてどこへ向かう
行く当てもない旅鴉
いつもの景色置き去りのまま
朝焼け色の空を背にして
白い列車は速度を上げて
知らない街を追い越してゆく
ガラス越しに見つめた街は
よそよそしくてそれも良かった
おかまないなしに走る列車に
負けないように時間も進む
愛すべき日常は膝の上で
穏やかな眠りについている
流れ流れてどこへ向かう
行く当てもない旅鴉
とりあえず今は風の吹くまま
真昼の月がぼやけて見えた
お客もだんだん少なくなって
走り続ける特急列車
終着駅に着いた頃には
春の知らせも届くでしょう
流れ流れてどこへ向かう
行く当てもない旅鴉
旅の終わりは何を思うの
夕焼け空が問いかけている
雨宿り
冷たい雨が降ってきて
乾いた街が潤った
遊歩道には水溜り
行き交う人が弾いてる
少し足速になりながら
それぞれの営みを行く
傘が鮮やかに花開き
濡れた街を彩った
喫茶店のガラス越し
火傷しそうに熱いコーヒー
少しずつ飲みながら
じっとそれを眺めている
僕にまとわりつく
ぼんやりとした不安を
切り取られた空に打ち上げて
雨に溶かしてしまえたら
走りゆく日々はうたかた
辿り着く場所はどこだか
わからないまま雨は静かに
降り続いている
灰色の空から落ちる
透明な雫たちは
水溜りにぶつかって
花を咲かせている
喫茶店のガラス越し
ぬるくなってしまったコーヒー
飲み干してしまうまで
あと少し眺めている
雨粒を辿って
厚い雲のその先へ
駆け上がって空を見渡せば
どれほど楽になるだろう
走りゆく日々はうたかた
辿り着く場所はどこだか
わからないまま雨は静かに
降り続いている
喫茶店のガラス越し
飲み干してしまったコーヒー
行き先はまだ決まらないけど
そろそろ外へ出かけよう
走りゆく日々はうたかた
辿り着く場所はどこだか
わからないけど雨は優しく
降り続いている
冬のお別れ
お別れの言葉なんて
どこか嘘っぽくて
乾いた言葉の羅列が
こぼれ落ちて行った
この部屋に残っていた
君の匂いもだんだん薄くなって
日常だったあれこれも
溶け出していってしまう
ありふれた生活に戻っただけと
言い聞かせている自分が
少しおかしくて
君がいた毎日は木枯らしになって吹き抜けた
不意に寂しくなった
冬の香りがした
あした朝早くに僕もここを出てゆく
思い出はどこまでも
きれいなまま
くたびれたスニーカーで
並んで歩いた
川沿いの散歩道は
今も変わらない
この街に残っている
君の幻もだんだん薄くなって
当たり前の日々の中に
埋もれていってしまう
テレビから大雪のニュースが流れると
寒がりだった君のことが
少し気になるよ
寒そうに手を擦りながら君は誰かを待ってる
叶うならその誰かに
なりたかった
行く当てのない想いは
雪だるまのように膨らんで
暖かな日差しが溶かす日まで
そのままにしておいて
君と過ごした部屋にありがとうと呟いたら
不意に寂しくなった
冬の香りがした
あした朝早くに僕もここを出てゆく
思い出はどこまでも
きれいなまま